思えば遠くへ来たもんだ

怪しい認知科学を紹介しながら、行き着くところへ目指すのを綴る場所

明日を信じられるということは良いことだ

おとといの晩から高熱が出ました。

現在は、まあ治ってきているという感じです。(感覚としては通常より少し体調が悪い)

 

今日は大事をとって、一日中お休みしていました。

昼に至っては、ずっと寝ていました。

起きた後は、食事も水分もまともに取れていないので、無理にでも食べ飲みするようにしましたが、これがまたきつい・・・。

 

それでも、おとといよりはましです。

午前は、ただ風邪ひいたなあって程度の感覚だったのですが、時間が進むにつれて体調がどんどん悪くなる。

大学から帰ったのが午後7時半ぐらいだったんですが、その1時間前は倒れていました。

気力を振り絞って、何とか帰ることができましたが、とても辛いものでした。

 

 

風邪で死なないということ

風邪をひいて、ピーク時には「死ぬ・・・」とか思っていたんですが、それでも心の底から死ぬとは思っていません。

現在も、まあこのように体調が良くなるということは予想していました。

もちろん、早く治ること自体には自分の備わっている機能に感謝の念を表さざるを得ないのですが、何よりも「治って当然だよね」という常識が植え付けられている、この環境に何となく幸せを感じました。

多分、風邪で弱気になっていたのも原因なのですが普段は考えないことを、あれこれ考えていました。

当たり前じゃない時代だってあったし、国が変われば常識も変わる。

風邪一つが大病であることだって決してあり得ないわけではない。

子供やお年寄りのような免疫力が低い年代には、風邪も大きく体調を崩す要因になり得る。

それでも、風邪に対して「普通は治る」という常識を植え付けれられている今の時代は豊かな時代なのだろうと思いました。

豊かになっていくことで、新たな問題も噴出してくるだろうけど、それまで大きな問題として挙げられていた事が解決することは、おそらく悪いことではないのだろう。

とか、頭がやられている状態で、無駄に意識の高いことを考えていました。

今現在もですけど。

 

 

たまにはこういう時間も必要か

落ち着きすぎても駄目だろうけど、焦りすぎても駄目なのかもしれない。

たまには、こういう時間も必要なのでしょう。

急がば回れという言葉もありますし。

まあ、いい休養にはなったかもしれません。肉体的にも精神的にも。

いや、肉体的にはきついんですけど。