思えば遠くへ来たもんだ

怪しい認知科学を紹介しながら、行き着くところへ目指すのを綴る場所

ノスタルジックサマー

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今週のお題「#平成最後の夏」

 

と、言われても別にこれまでの夏と、大きく違うということはないと思う。

夏自体が、特有のノスタルジックさを与えてくれるため

「ああ、今年が平成最後の夏か・・・」

と思うよりも

「ああ、夏か・・・」

と思う気持ちの方が、強い。

 

しかし、30年の夏というのは、それだけ肉体的・精神的に

成長していく中で、その年齢でしか感じることの出来ない夏というのを

感じながら、それを積み重ねてきた証なのだ。

こういうお題が無ければ、その積み重ねを無視して次の元号へ向かっていたのだろう。

それを、ブログを通して振り返り、外へ発信する。

夏と言えば、アナログのイメージが僕にはある。

だから、夏とデジタルは正反対の概念として、捉えてしまう。

でも、そのデジタルで、アナログなイメージを観察してみるというのは

平成の夏という歴史を振り返っていく、タイムマシンのようである。

何かと、色々なことがあったし、今も問題が沢山山積みの時代ではあるが

このように振り返ることのできる時間があるのは、豊かな証拠である。

 

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平成の始まりには無かった、スカイツリーからの夏の夕日である。

始まりは、青く広がった空で、自己主張を繰り広げ

終わりは一日を惜しむかのように、最後まで粘ろうとする。

そんな平成の夏は、今年で終わる。

来年も、恐らく今までと同じような夏に過ごすのだろう。

だけど、夏を通して感じるどこか寂しげな気持ちは毎年違う。

来年は、特にその寂しげな気持ちが、今までよりも大きく異なって

そして、私の心を突き刺すような夏を迎えるだろうと

どこか予見しながら、平成最後の夏を僕は過ごしている。