思えば遠くへ来たもんだ

怪しい認知科学を紹介しながら、行き着くところへ目指すのを綴る場所

白紙にメモすることの意味

最近、色々と忙しい中論文を読んでいるわけだが

 

最近になって

白紙にメモすることで内容の理解の質が格段に良くなることと思い出した。

 

英語論文、もしくは日本語論文でも効果はあると思う。

 

普段から、紙に印刷した状態で目を通すのだが

 

これまでは、論文の端やセクションの間の僅かな隙間にメモをすることが多かった。

 

その結果、なんとなく理解したという状態になっていた。

 

しかし、形としては残っているわけだから、読んだところの内容は何度でも

 

目を通せる。

 

なので書いてあることは理解できる。

 

だけど、その内容が何故あるのかが分からない。

 

つまり、文脈を理解できていない状態である。

 

腹減った→店探そう→俺はハンバーガーが好き→ファーストフードに絞る

 

という一連の流れを

 

腹減った 店探そう 俺はハンバーガーがすき ファーストフードに絞る

 

という個々のことの知識しかない状態になり、何故ファーストフードに絞ったのか

 

そもそも何故探しているのか、いきなりハンバーガーが好きってなんやねん

 

となりがちだった。もちろん、全部が全部読んでいてそうなることはないのだが

 

ページが増えれば増えるほど、だんだん読破がメインになって

 

本当の意味での正しい理解を得られないまま終わる。

 

というのを、最近気にしていたので、ここ数週間はA4の紙(白紙やノートの余り)

 

に書き出してたわけです。

 

すると、そのメモを見れば流れが一目瞭然。

 

スペースが広いため、書ききれないということがなく、自由に書くことができる。

 

そのため、この内容とこの内容はつながっている印みたいな物を書ける。

 

そんな意識をするせいか、流れを意識した丁寧な読み方になる。

 

更に、一番うれしかったのは

 

セクションごとにページを割り当てることで、後で見返したときに

 

セクションの繋がりが理解できることである。

 

そのため、だからここにこの先行研究持ってきたのか、この作者はこの論文を

 

持ってきて主張したいことがあるのね、と流れを理解することが出来る。

 

そのため、だからこそ欠点というのも発見しやすく

 

今まで、そうだねそうだねと思っていた部分が、あれ?となる。

 

このように、A4の白紙にストレスなしに自由に書けて、理解の質も良くなる。

 

アナログな作業が馬鹿にされる今日、地道な作業の底力を思い知らされる。

 

これからも手書きでメモしていこう、そんな内容をブログに書く私です。

 

今日は、そこそこ明るい話だった気がする。