思えば遠くへ来たもんだ

怪しい認知科学を紹介しながら、行き着くところへ目指すのを綴る場所

千年間、女優であったその人の生き様

千年女優という映画を知っているだろうか?

 

私がこの映画の名前を知ったのは確か、5,6年前ぐらいだったような気がする。

 

テレビを見ていると、何かの番組の前に企業が提供する小さな枠で

 

短いインタビュー番組が流れてきた。その時、誰だったか忘れたがある女優が

 

「一番影響を受けた映画は何ですか?」

 

みたいな質問に対して「千年女優」と答えたのだ。

 

その時は、まだ何とも思っていなかったわけで、すぐにその名前は忘却の彼方へと

 

誘われてしまったのだった。

 

 

それから2,3年後。

 

映画を借りようかなあと、某TSUTAYAで色々探していたときに

 

ふと「千年女優」という言葉を思い出したのだ。

 

それで、何となく気にはなったのだが、そもそもジャンルが分からないし

 

他に見たいものがあったので、その時は無視して別の物を借りたような気がする。

 

そしてまた、忘れてはふと思い出し、忘れてはふと思い出しを繰り返した後

 

ついに「千年女優ってなんだ?」と思い、検索をかけたのであった。

 

 

 

どうやら、2002年のアニメ映画だと言うことが分かった。

 

ビジュアルを見たときに何となく惹かれる物があったのだろう。

 

次の日に、DVDで借りてその日に見た。

 

ストーリーとしては、藤原 千代子という伝説的女優の半生をインタビュー方式で

振り返って行く話。

 

最初は、回想としてストーリーが進んでいくのだが、

途中から回想の中に何故か、インタビュアーとカメラマンである二人が入り込んだり、

千代子についての話かと思ったら、映画のワンシーンだったりと

 

フィクションとノンフィクションが混じり合って、千代子の人生が語られていく

変わったストーリーになっている。

 

場面がどんどん切り替わっていくビジュアル面の楽しさ、

今は実際にあったことか否かと考える楽しさ、

演出によって千代子の想いが更に際立つ、ストーリーの面白さ。

 

初めて見たときは、こんな映画があるんだなあと関心してしまった。

 

そして1年前に、再度借りて見た後、すぐにBlu-Rayを注文。

 

届いたその日にまた見る。

 

この作品は見れば見るほど、気付きがあって、この演出はこうかなとか

 

千代子の台詞はこうかなと1度や2度見ただけでは気づかない

 

そんな深い映画である。

 

そんな「千年女優」の考察や魅力は、他の所ですでに存分と語られているため

 

今更特に自分が書くことはないと思う。

 

ただ、この作品の監督である今敏の他の作品と「千年女優」が唯一違うと

 

思うところがあって、それだけを書かせて頂きたい。

 

他の作品でも、フィクションかノンフィクションか分からなくなる演出が

 

出て来るのだが、他の作品が「観客を驚かす、困惑させる」という考えで

 

使ってそうなのに対し、千年女優

 

「女優・藤原千代子という女性の生涯」をこれでもか見せるために

使っている気がする。

 

そのため、今敏監督の他の映画が「今のは夢か現実か」というのを分かりやすく、

不連続に切り替えるのに対して、

 

千年女優はシームレスにフィクション・ノンフィクションの切り替えを行っていく。

 

それは、映画の時の藤原千代子もまた、彼女の人生だからという、人生の連続性を

表しているのかもしれない。

ノンフィクションである映画のシーンもまた、藤原千代子にとってはフィクションなのだ。

 

事実、その映画を取っているというのは、現実の出来事である。

ならば、そのシーン自体もまた事実として存在していたのである。

 

彼女の人生に、フィクション・ノンフィクションという境界はない。

フィクションであり、ノンフィクションである。常に人生が女優。

そんな彼女をすべてを収めたのが、この「千年女優」なのである。

 

彼女は一生女性であり女優であった。

千年女優」は、そんな彼女の最後の主演女優である映画なのだ。

 

この文章を見て、少しでも興味を持っていただければ観て頂けると幸いである。

 

この映画、何度も見たくなる。

 

そんな作品であると、私は思っています。